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:::mido :::

考える。心の中をぶつぶつと整理。思ったことや感じたことを、撮りだめ、書き留めていく場所、伝える場所。

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蜜陽「私たちはもう一度はじめる」

【2014年Eaphet韓国スタディーツアー】

密陽は大韓民国慶尚南道の東部にある自然豊かな場所だ。蜜陽の市内から数十分程で、気持ちのいい空気と緑に囲まれた村に到着した。警察のバスが何台も停まっている。少し進むと、何やら大きなビニールハウスのようなものの屋根をはがして絵を描いている人たちがいた。

蜜陽の村の住民たちは、巨大送電塔建設と闘っている。この闘いについては、Eaphetのブログにとても分かりやすくレポートされているので、それをぜひ読んでほしい。(→http://eaphet.blogspot.tw/2014/05/blog-post.html

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この自然豊かで、平和そうにみえる村で、ハルモニハラボジたち(おばあちゃんおじいちゃん)の闘いは、今も続いている。今回の「私たちはまたはじめる」ということの内容を書く前に少しだけ、蜜陽の人々は、なにと闘い、何が起きているのかということを書こうと思う。

2005年に韓国政府と韓国電力は、蜜陽における送電塔工事計画を発表した。釜山市にある新古里原子力発電所からソウルまで電気を輸送するために、新古里原発から北慶南変電所までの間に161箇所の送電塔を建設する計画である。

近隣の市町村には、109箇所の送電塔が既に建設され、蜜陽市には世界最大規模76万5千ボルトの送電塔を含む64箇所の送電塔工事が予定されているそうだ。韓国政府と韓電は土地の強制収用を進めたが、蜜陽のハルモニハラボジたちは、建設反対の声をあげ闘ってきた。

ちなみに、76万5千ボルトの巨大送電塔はどれぐらいの大きさかというと、高さは94メートル20階建てのマンションが、52メートルぐらいなので、その大きさがどれぐらいかは大体想像できるだろう。

送電塔から出される電磁波は身体や生態系にとてもよくない影響をもたらす。この強烈な電磁波は、人々の細胞分裂に大きく影響すると言われている。只でさえ、よくないものなのに、新しい原発からの電気を送電する為には、一般の送電塔の二倍以上の巨大な送電塔が必要なのだ。そして、豊かな自然を壊し、どんと怪物の様におおきな鉄のかたまりが建つのだ。その建設の為に、のどかで静かだった村は毎日工事の大きなトラックや関連会社の車が出入りする。建設が進む今、夜は真っ暗だった山に、送電塔の赤いライトが、なんだか不自然に光っている。

 

6月11日行政代執行が行われ、抵抗小屋はすべてなくなった。韓国電力はすべての送電塔予定地を確保。まだ建っていないものも多いが、土地は確保され、夜も見張りを立て24時間態勢で警備している。派遣されているのは、韓国各地の警察官及び兵役中の若者だ。

 

「私たちはまた始める(ウリ タシ シジャッ!)」新しくつくられた抵抗小屋のあちこちにそのスローガンが書かれた垂れ幕がはられている。それが今の抵抗運動のスローガンである。土地を全部確保されたからって何だ、私たちは負けてないよ、また、はじめるよ!送電塔なんか引っこ抜いてやるぞ!という意味が込められている。

村について、まずはじめに、トクチョンハルモニと出会った。トクチョンハルモニは、面白そうに、「息子が学生の時にね、学生運動なんて参加しちゃダメだよ!って言っていたのよ。でもね、いま、こうやって自分が反対運動に参加しているなんてねぇ。その息子がね、お母さんいい歳してなにしてるの?って電話かけてくるのよ〜」と語ってくれた。

韓電と政府は、村の人々へ、「補償金」という名のお金をばら撒き、反対派賛成派と村の人々の関係を分断していったのはもちろんのこと、反対運動参加者の家族へ連絡し、「あなたのお母さんをなんとか説得してください。このままでは、身体にわるいですよ。」などという手を使ってハルモニハラボジたちの闘いを諦めさせようとしている。

トクチョンハルモニは、とても小柄なおばぁちゃんだ。ハルモニは、6月11日の代執行までの9ヶ月間、ずっと山の上の抵抗小屋に住み、時々下りてきては家の畑仕事をする、そんな毎日をおくっていた。6月11日の行政代執行の時に、体を引き剥がされないように巻きつけた針金?鎖?で身体が痛くてたまらなかった、危うく引きちぎれるところだった、身体の痣がまだ消えないと私たちに話してくれた。山の抵抗小屋は撤去されてしまってから、山の下の自宅で寝ていても、目覚めた時に「山へ行かなくちゃ!」と焦る。支援者の若い人へ「私を山へ連れて行って。」と電話し、「ハルモニ、もう上に小屋はないよ」と言われる日々が続くようだ。トクチョンハルモニのお家へお土産を渡しに行ったとき、台湾から持ってきた反核シールを喜んでくれて、すぐに窓へ張ってくれた。ろうそく集会へ移動する私たちの車を、見送るとき、ずっと手をふりつづけてくれていたハルモニの笑顔がなんだか忘れられない。

ピョンパッ村の抵抗小屋で、オクソン・ハルモニというおばあちゃんとその旦那さんに話しを聞くことができた。オクソンハルモニハルモニは代執行のときには裸になって「私たちは何も隠すものもなし、悪いことはしていない」と抵抗した。オクソンハルモニは、とても強くて、かっこよくて、でも可愛い優しい笑顔のハルモニだった。「私たちのこころに送電塔が建った訳じゃない。あんなものいずれなくなるし、絶対にひっこぬいてやる。」「もし韓国に電気がないのなら仕方ありません。だけど、もう電気は充分足りているじゃないですか。こんなことをして、国家暴力で老人たちをこんな目にあわせるのはこの国だけです。送電塔は、送電塔だけの問題ではないんです。原子力発電所と大きく関わっているのです。ぜひ、日本や台湾で、このことを多くの人へ伝えて下さい。」オクソンハルモニは、時間がない中、私たちに熱く、そしてとても完結的に分かりやすく話してくれた。

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山の中に、ドンと立てられた送電塔が見える。線はまだ張られていない。(写真中央)

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今までの抵抗小屋は壊されてしまったけど、抵抗が終わった訳ではない。新しい抵抗小屋がつくられている。「またはじめる」と大きく書かれた新しい抵抗小屋の屋根を版画家や学生、近隣地域からの支援者、みんなでつくった。日本語や中国語でも「原発反対」「送電塔建設反対」という文字を書いてきた。

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出来上がった新しい抵抗小屋の屋根。田園風景のなかに、どーんと描かれたこの文字は、とてもインパクトと強さがある。建設の際の資材は、ヘリコプターなどを使って運ばれることも多い、上からこの字をみるとき、彼らはなにを思うのだろうか…

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Photo :Mayuko 無断での写真の転載はご遠慮ください。

ハルモニハラボジたちはあきらめない。そんな姿をとても尊敬する。「元気や力に少しでもなれたらと蜜陽にきたのに、ハルモニハラボジから元気とパワーをもらった。」と、ソウルや釜山、韓国各地からきた人々がみんな言っていた。きっと、私もその一人だ。あのパワーやエネルギーは一体どこからくるのだろうか…

この日の夜、コジョン村では、「私たちはまたはじめる」ロウソク決起集会が行われた。オクソンハルモニも、私たちも参加する為に移動しようとしていたとき、車がとまった。前には、大きなトラックがいる。オクソンハルモニと数名のハルモニが車から降りて、なにか警察に言っている。警察の責任者がでてきた。ハルモニは、「どうして、私たちの支援者の車が入って来る時は、いちいち止めたり通さないのに、工事の車や韓電の車は通すんだ!おかしいだろう!ふざけるな!絶対に通さない!私たちがこの前の代執行で諦めたと思っているのか?負けたと思っているのか?大間違いだ!私は、どかないぞ。私たちは諦めてなんかないんだ。トラックも警察も今すぐ帰れ。」と叫び続ける。ソウル近隣から派遣された警察官は、おどおどとしていて、どうしていいかわからないような状態であった。蜜陽へずっと通っている支援者の女性は、「蜜陽の警察の方が衝突が激しい。遠くの警察はまだマシかもしれない…」と語る。おばあちゃんたちがいくら叫んで、道へ座り込んでも、トラックは、大きな大きな鉄のかたまりを載せて、建設現場へと入っていた。

オクソンハルモニたちは、「引っこ抜いてやる」と言っていたけれど、悲しいこと、悔しいことに、事態はどんどん悪い方向へ進んでいく。ハルモニハラボジたちの疲れや体調不良が続く日々…「私たちはまたはじめる!」というスローガン、「蜜陽抵抗 シリーズ2」などと報道されている抵抗運動。刻一刻と進む建設を前にし、具体的な策はまだないようにみえるが、抵抗はまた始まった。あきらめた訳でも負けた訳でもない。

今年の4月、台湾では多くの人々の反対と運動によって(もちろんそれだけではないし、あくまで停止なのだけれど…)、第四原発の工事停止が決定された。そのことが少しでも、蜜陽の人々の希望にならないだろうか。台湾からなにかできることはないだろうか、台湾へ帰ってきてから頭の中でぐるぐる考え続けている。

これは、ただ単に、送電塔の話しではない。原発のこと、原発輸出のこと、都市で暮らす私たちが見落としてしまっていることいろんなことにつながると思う。だから、単なる、外国の小さな村の知らないおばあちゃんたちの闘いではないと思う。私たちの生活にも、根底の部分でつながっていることがたくさんあると思うし、なにかできることはないかと考えたい。その関連性やポイントがもしかして、上手く伝わらなかったり、ピンとこなくても、少しでも知ってもらえれば嬉しい。いま、私にできることがあるのなら、それは、みてきたこと、聞いてきたこと、感じたこと、それらをどうにかして、伝えて行くことだと思う。

 

次回は、「私たちはまたはじめる集会」や新しい抵抗小屋の写真などと共にもう少し蜜陽のことを紹介したいし、蜜陽と原発のつながりについて考えたい。