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:::mido :::

考える。心の中をぶつぶつと整理。思ったことや感じたことを、撮りだめ、書き留めていく場所、伝える場所。

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【2014年Eaphet韓国スタディーツアー】

コリアツアーの感想。7月22日に書いたもので、時間が経ってしまったが、一応ここに載せておこうと思う。途中になっている古里原発の記事はもう少しかかってしまいそう。一週間以内には必ず書き終えようっと。

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 韓国から帰ってきて、もう二週間が経った。韓国へ行くのは、5回目だけど、今までの4回は全てソウルやソウル近辺だったので、はじめて行く釜山や済州島は新鮮でとても楽しかった。もう一度ちゃんと、韓国語を勉強したいなぁと思った一週間。自分の足で訪れ、自分の目や耳、感覚を使うことの大切さ、交流することの楽しさを改めて感じた日々だった。約一週間のツアーの中で、私にとって、強く印象に残っていることを中心に、いくつか書きたいと思う。

 今まで、韓国に5回行っているけれど、毎回毎回、知らないことばかりだとつくづく感じながら、帰ってきていた。そして、今回もやっぱり同じだった。でも、今までと少し異なるのは、今まで高校のときに選択授業で3年間参加していたスタディツアーと今回のツアーが、自分の中でゆるく薄くではあるけれど、つながっていっているような気がしたことだ。行った場所も、一緒に行ったメンバーも違う、もちろん出会った人々も異なる。だけれど、今回のツアー中、私の中で「あぁ、あのとき考えてたことだ。」とか「これは、あのときの話し合いともしかしてつながるかなぁ」と高校生の時に感じて、モヤモヤしていたことやもっと考えたいなぁと思っていたことが、ふわぁと頭の中にもう一度浮かんで来たりして、なんだか今までと今がつながっていくような気がして、不思議だったし嬉しかった。

 実は、協会で、カンジョン村の話しを聞くまで、済州島=カジノや高級ホテル、韓国ドラマの撮影地というぐらいの認識しかなかった。日本にも、米軍基地は沢山あって、基地と人々の闘いは続いている。私は、ただただ単純に、戦争はいらないと思うから、基地なんていらないと思っていた。でも、それを自分ごととして本気で考えていたかというと必ずしもそうでない気がする。例えば、沖縄へいく度に、「基地が多いなぁ」「嫌だなぁ、おかしいなぁ」と思うけれど、自分の日常生活の中で基地について考えることあまり無かったし、自分の目や耳で、基地と闘う人々と話しをする機会もほとんどなかった。だから、今回カンジョン村から帰ってきて、今度、高江や辺野古にも行きたいって思った。きっと、自分自身の生活に直接影響があれば、毎日の様に基地について考えるのだと思う。それは、私だけではなくてきっと多くの人が同じなのではないだろうか。自分が経験していないことを自分ごととして考えることもとても難しい。それは、基地の問題だけでなく、原発であったり、開発のことであったり、この世界で起きているいろんな事に言えると思う。だけれど、「想像力」を最大限に働かせれば、顔のみえない誰かを思いやれる様になれるし、自分のことに置き換えて考えられる様になれるはずだと、私は信じたい。

 カンジョン村での抗議ミサの時、私は、絶え間なくゲートを出入りするトラックを只々座ってみているしかできなかった。小さな身体のおばあちゃんが、何度もトラックを阻止しようと、警察の隙をみては前へ出て行く。おばぁちゃんは、ひかれてしまいそうになる。そんな光景を、すぐそばで座ってみていて、どう表していいか分からない気持ちになった。只々、反対の声を上げ続けるエネルギーの強さを感じた。豊かな自然が壊され、人々のコミュニティや生活が、「補助金」「安慰金」等という名前のお金の力によって引き裂かれて、その引き裂かれた溝はなかなか元通りになることができない。「国を守る」為の基地というが、そこの人々の生活を守るどころか、その言葉自体が、そこの人々の生活を壊していっているように感じた。軍事基地をつくることは戦争を肯定してしまうことでもある。平和の為の基地は存在しないはずだし、もし戦争をしなければ基地なんていらないのだから、基地の建設に反対だ。

 蜜陽のことと、古里原発のことを少し書きたい。刻一刻と送電塔の建設が進められるが、ハルモニハラボジたちのあきらめない姿をとても尊敬する。「元気や力に少しでもなれたらと蜜陽にきたのに、ハルモニハラボジから元気とパワーをもらった。」と、ソウルや釜山、韓国各地からきた人々がみんな言っていた。きっと、私もその一人だ。あのパワーやエネルギーは一体どこからくるのだろうか…この声をあげ続けるエネルギーの強さは、カンジョン村で感じたエネルギーの強さと同じだ。オクソンハルモニたちは、「あんなもの、引っこ抜いてやる」と言っていたけれど、悲しいこと、悔しいことに、事態はどんどん悪い方向へ進んでいく。ハルモニハラボジたちの疲れや体調不良が続く日々の中、「私たちはまたはじめる!」というスローガンや、「蜜陽の抵抗シリーズ2」などと報道されている抵抗運動。刻一刻と進む建設を前にし、具体的な策はまだないようにみえるが、抵抗はまた始まったばかりだ。

 今年の4月、台湾では多くの人々の反対と運動によって(もちろんそれだけではないし、あくまで停止なのだけれど…)、第四原発の工事停止が決定された。そのことが少しでも、蜜陽の人々の希望にならないだろうか。台湾からなにかできることはないだろうか、台湾へ帰ってきてから頭の中でぐるぐる考え続けている。これは、ただ単に、送電塔の話しではないはずだ。原発のこと、原発輸出のこと、都市で暮らす私たちが見落としてしまっていることいろんなことにつながると思う。だから、単なる、外国の小さな村の知らないおばあちゃんおじいちゃんたちの闘いではないと思う。私たちの生活にも、根底の部分でつながっていることがたくさんあると思う。

 蜜陽の送電塔は、釜山の古里原発・新古里原発でつくられた電気を、大邱の変電所まで送るためのものだ。韓国電力と韓国政府のこの計画は、最終的に、ソウルまで電気を送ることになっているそうだ。だが、一番電気を使う大都市ソウルは、一番電気の自給率が低い。そして、原発海外輸出の為にも、政府も電力会社も何としてでも原発を稼働させたいようだ。なんだか、この構造は、日本と似ている気がする。東京は、沢山電気を使っているが、東京で発電はあまりされていない。もちろん、東京に原発もない。地方から大きな送電塔と変電所をいくつも使い送られてきた、電気を使っているのだ。そして、私を含め多くの都市で生活する人々は、普段の生活が誰かの犠牲の上に成り立っているかもしれないということすら気付かないまま或は気付いていてもどうしようもないまま、日々を過ごしている。どうすればよいかと考えた時に、きっと一番いいのは、生活から変えていくということである。本来、自分の使う物や食べるものを自分で自給できればそれが一番いい、だけれど、いますぐ、そんなことは出来ない。できないのであれば、少しずつでも生活を変えていく必要があると思う。例えば、電気をなるべく使わない生活をしたり、環境に優しいものを使ったり、よくないことを推し進めている企業の製品を不買運動したり…とそれら小さなことからしか出来ないのは少し悔しいけれど、何かしら自分の周りでできることをやっていかなければなにもはじまらないし変えれないだろう。

 「公共事業」、「多くの人々の為」という名の下、開発や原発建設、基地建設があちこちで進んでいく。なんだか、この構造にとても違和感を抱いてしまう。皆の為には誰かの生活を犠牲にせざる負えないのだろうか。「国の安全の為に」といわれ建設を進められる基地、「国家の経済発展と原発輸出の為に」と建設が進められる。だけど、そんなことの前に、人々の基本的な平和な生活は、国家と大企業の大きな力によって破壊されている。こんな現状が、果たして世界にはどれだけ存在するのだろうか。自分たちだけが良ければいいや、国全体の発展を!経済成長を!という考えの前に、なにか大切な基本的な部分を見落としてはいないだろうか。一見、関係ないと思うことでも、きっとどこかでつながっているはずだ。もし自分がそのの立場だったらと想像することはとても大切だろう。

 それから、蜜陽でハルモニハラボジと直接話しができたこと、家に泊まらせてもらい、ハルモニハラボジそして釜山やソウルから来ている支援者の人々と少し交流できたこと、カンジョン村でいろんな仕事をやらせてもらったり、平和の島連帯学習会で、発表を聞いたり発表したりできたことが、とてもよかったし楽しかった。言葉の壁があったから、全てを伝え合うことができなかったのはとても残念だったけれど、台湾に帰ってきてからもインターネットを通じてツアー中で出会った人々から、カンジョン村や蜜陽のこと、古里原発のことを知ることができるし、お互いに情報を交換したりできて嬉しい。距離的にすぐに行くことや、何度も行くことは不可能だけれど、インターネットを通じてつながっていくことは、関心を持ち続けることや連携すること、いますぐできることのはじめの一歩なのではないかと思っている。それから、やっぱり自分の言葉で自分の考えを語れるようになりたいし、現地の言葉でその土地の人々と交流したいと思った。なぜなら、その方が、距離がぐんと近くなるような気がするからだ。今回、蜜陽での宴会以外、通訳をしてくれたいっぺいさんにずっと頼りぱなしだったことを実はとても反省している。例え、下手でも通訳に頼りっぱなしになるよりも自分で一生懸命伝えようとする事や聞き取ろうとする事が大切だということは、今までの韓国の旅、そしてなにより台湾での生活で一番自分が分かっているはずだ。だから、次はちゃんと自分の口で、自分の言葉で、もっと自分の考えや思いを語れる様に聞き取れる様にがんばりたいと思った。

 少しツアーの感想とは話しが逸れてしまうけれどもう一つ思ったことを書きたい。私は、自分の考えを口に出すまでにとても時間がかかる時とかからない時の差が激しいと思う。その差はどういう基準でくるかは自分自身よくわからないのだけれど、わからないことや知らないことを、「分からない。」「知らない」と言うことだったり、すぐに感想にまとめることが、どうしてだか分からないけど、少し苦手だ。だけど、これはとても矛盾していて、分からないこと、知らないことを知ることや、感想を共有し合うことはとても好きなのだ。ただ、「分からない」と感じると、自分の頭の中で黙々とグルグルと考え始めて、みんなが忘れた頃に、急に話したいことを思いついて話したくなってしまう。時々、ツラツラと綺麗な言葉で語れればいいなぁとも思う。だけど、ツラツラと綺麗な言葉で語れなくても、言いたいこと自分の中でぐるぐるしているものを、言葉にすることも大切なのかもしれない、その中できっと、何か得られるものはあるし、誰かと自分の考えを共有し合うことで、新しい発見や新しい考えに出会えるだろうと、今回のツアー中、何度も思った。 

 カンジョンの海軍基地建設、蜜陽の送電塔、高江や辺野古集団的自衛権原発自由貿易などなど、なんだかどこもどれもため息をつかざるを得ないような状況だ。だけど、こっちが諦めたら、相手の思うつぼだ。「どう闘いつづけていくか。」ということを、何度も考えた。なかなかすっきりと答えはでないけれど、「逆の発想」と「つながっていくこと」がとても大事だと思う。逆の発想とは、私たちは放棄するから、みなさんもご一緒にと呼びかける責任はありますよ、という発想だ。きっと、原発や軍事基地いろんなことで、この発想は使えるはずだ。距離的なこと、言葉のことなどから、常に一緒に何かできるわけではないけれど、韓国、日本、台湾で起きていること、その土地の人々の声に耳を傾け、関心を持ち続けたい。ひとり一人や一つ一つの団体の力はとても小さくて、国や大企業の大きな力には敵わないから、小さな力を集めることが大切だ。いま、私にできることがあるのなら、それは、みてきたこと、聞いてきたこと、感じたこと、それらをどうにかして、伝えて行くことだと思うから、まずその一歩をきちんとやり遂げたい。継続してそこへ足を運びその土地の人々と交流していくこと、関心をもちあいつづけることはとても大切だと思うし、いろんな発見や学び、出会いがあって、楽しいから、来年もしくははそれよりも早く、もう一度、カンジョン村や蜜陽の人々へ会いに行きたい、そしてまたいろんな人や事柄に出会いたい。

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2014/7/22 Mayuko