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:::mido :::

考える。心の中をぶつぶつと整理。思ったことや感じたことを、撮りだめ、書き留めていく場所、伝える場所。

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日々のモヤモヤ

【日記】

あっという間に誕生日が来て、あっという間にクリスマスで、お正月で、そしたらまた暑くなって…。当たり前だけれど、自分がどう過ごしていようと時間は只々着々と過ぎていく。1日1日24時間という限られた時間の中で、どのように日々を過ごすかを考えたとき、もっともっと丁寧にそして中身の詰まった日々を送りたいと思うのです。

 

大学で成績がなんだかんだそれなりによくて、奨学金を頂けるのは本当に本当にありがたいことだけれど、そんなことよりもっと大事なのは、学んでいることの中身や本質的な意味。心でそうは思っていても、矛盾した現状が存在する。

只々、課題におわれ、テストの準備をして、、、テストの成績は、それが日本語だろうと中国語だろうと、取ろうと思いながら必死に準備さえすれば、そこそことれるものだと思う。確かに学費の為には、必要なことだから、やっているけれど、なんだかそんなことを考えながらこの約3年間、目の前にある課題やテストと向き合っていると、ふと「何の為にやっているのだろう。」と思うことがある。3年間の「大学」での学びは、表面上の評価はいいけれど、なんだか中身がすっかすかのものにさえ感じてしまう。どうしてだろうと考えた時に、今の大学には、学びの過程の中に「対話」が存在しないことが大きく関係しているように思える。

そもそも「なぜ、大学にきた?なぜ、大学で学びたいのか?」という原点の部分が、どんどん私の中から消えていってしまっているのではないだろうか。だけど、そんなんだったら、行っても行かなくても変わらない気もしないでもない。義務ではないのだから行かなければいいのだし、誰かに頼まれて行っている訳でも何でもなく、自分の意思で行くことを決め、通い始めたのだ。大学に行ってなければ、学べなかったことや出会えなかった人々がたくさんいるのだかれど、やっぱりこの自分の中でのもやもやした気持ちが消えない。

そして、 私は、競争社会や競争主義が嫌いだけれど、ふとお金や自分の生活に関わることに直面した時に、自分自身も、経済優先の生き方や、至上主義の一員になってしまっているように思うのだ。なんだかとても悔しい。

毎日を楽しく、生きているということを実感しながらただ生きたいだけなのに、それがなんだかとても難しいこの世の中。その中で、いろんな人に出会い、いろんな経験をし、話しを聞き、自分の未来をじっくり考え、向き合ってみたいと思った。それを実行できる様に、夏に向けて、少しずつ計画を始動中だ。また、それについては、後日もう少し詳しく書こうと思っている。