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:::mido :::

考える。心の中をぶつぶつと整理。思ったことや感じたことを、撮りだめ、書き留めていく場所、伝える場所。

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【日記】

自分が書きたいことや言いたいこと、やりたいことを、自分の母語でさえ自分の言葉で語れないとき、それはきっとまだ自分自身の中でその「ものごと」が消化しきれていないのだと思う。
私は、「点数での評価ではなく、一人一人の人間が尊重される教育環境がどのようにこどもたちの成長に影響していくのかということ」、「本当の意味で、学ぶこととはどういうことで、その楽しさとはなんなのか」ということを多くの人と一緒に問題共有し合う為に、日本・台湾・韓国で、「自由」や「ひとり一人の自主性、尊重」を謳う三校のオルタナティブスクールを取材しブックレット形式の長編報道記事をつくるということを卒業制作でやりたいなぁと思っている。
卒業制作の企画審査会の為に、数ヶ月ずっと頭を悩まし続け、何度も何度も修正の指示をもらい書き直しを毎週のようにしてきた。学術的な世界では、点や括弧の付け方などの重要なのだろうけれど、私にはあんまりよくわからないし、先週指摘されたことを直したら、「どうしてこうなの!?こうしなさい!」とまた指摘され、結局はじめのままでよかったなんてことが多々あるのも謎だ。先生はどこを指摘したのか忘れちゃうのだろうか…。(笑)それとも、大学の先生だけでなく、小学校や中学校でも何人もいたけれど、「(あることないこと)指摘すること=指導=仕事」をしているという感覚の人だろうか。アドバイスや意見は歓迎だけど、なんだかなぁこれはアドバイスというのかなんなのかというものが多々あり困ってしまう。
審査会まで一週間に迫った今、当たり前のことだけど、つくづく思うことは、「指導教員の求めるものや納得するもの」は、必ずしも「私自身が求めていて書きたいと思うこと」とはイコールではないこと。だからこそ、自分自身の思ったことを優先し、あまり人の話を聞きすぎたり流されたりせず一年間踏ん張るしか無いのかなぁと。それに、この先、もっと学びたいと思った時に、大学の卒業証書が必要になるかもしれないのだから、不登校の子のように、学校がある時はお腹が痛くなる(笑)けれど、どうすれば居心地良く、楽しく過ごせるのか考えながら、卒業までもう少し頑張ろう…。