読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

:::mido :::

考える。心の中をぶつぶつと整理。思ったことや感じたことを、撮りだめ、書き留めていく場所、伝える場所。

MENU

(最近のぶつぶつだらだら日記)

【日記】

自分が書きたいことや言いたいこと、やりたいことを、自分の言葉で語れないとき、それはきっとまだ自分自身の中でその「ものごと」が消化しきれていないのだと思う。いま、まさに「消化不良」のような状態だから、まとまらない文章だけれど、整理を兼ねて、ここにずらずらだらだら書いておこうと思う。

卒業制作の企画審査会まで、あと二週間になった。私は、「点数での評価ではなく、一人一人の人間が尊重される教育環境がどのようにこどもたちの成長に影響していくのかということ」、「本当の意味で、学ぶこととはどういうことで、その楽しさとはなんなのか」ということを多くの人と一緒にかんがえる為、そして主流教育以外のもう一つの道と選択の存在を伝える為に、様々な本や文献を読み、日本・台湾・韓国での「オルタナティブ教育(代案学校・另類教育)の歴史や現状を比較し、日本・台湾・韓国で、「自由」や「ひとり一人の自主性、尊重」を謳う三校のオルタナティブスクールを取材し、ブックレット形式の長編報道記事をつくるということを卒業制作でやりたいなぁと思っている。
卒業制作の企画審査会の為に、数ヶ月ずっと頭を悩まし続け、何度も何度も修正の指示をもらい書き直しを毎日のようにしてきた。おそらく学術的な世界では、点や括弧の付け方などは重要なのだろうけれど、私にはあんまりよくわからないし、先週指摘されたことを直したら、「どうしてこうなの?こうしなさい!」とまた指摘され、結局はじめのままでよかったなんてことが多々あるのも謎だ。先生はどこを指摘したのか忘れちゃうのだろうか…。(苦笑)それとも、「(あることないこと)指摘すること=指導=仕事」をしているという感覚なのだろうか。学ぶために学校へ行っているのだから、アドバイスや意見は歓迎だけど、「なんだかなぁ。これはアドバイスというのかなんなのか」というものが沢山あると、正直どうしていいか分からなくなってしまうし、そのことをやる「楽しさ」がどんどん失われていく。同時に、言い続けられれば言い続けられるほど、「よし!頑張るぞ!」なんて気持ちにはなれず、「私はこんなにもできないのか」と自己肯定感まで失われそうになるのだ。
長々バラバラ書いてしまったけど、審査会が迫った今、つくづく思うことは、「指導教員の求めるものや納得するもの」は、必ずしも「私自身が求めていて書きたいと思うこと」とは当然イコールではないこと。だからこそ、自分自身の思ったことをまずは優先し、聞くことは大切だけれど、人の話を聞きすぎたり流されたりせずに、一年間踏ん張るしか無いのかなぁと。時間は戻せないのだから、途中でやめてしまったら勿体ないし、時間は常に進んでいるのだから、少しずつやればいつか終わる日が来ると思って…。この先、社会に出てもこんなことはきっとたくさんあると思うし、もしもっと学びたいと思った時に、大学の卒業証書が必要になるかもしれないのだから、不登校の子のように、学校がある時はお腹がグルグル痛くなることもよくあるけれど(笑)、どうすれば居心地良く、楽しく過ごせるのか考えながら、卒業までもう少し頑張ろう。とりあえず、無事審査会を通過できますように…。