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:::mido :::

考える。心の中をぶつぶつと整理。思ったことや感じたことを、撮りだめ、書き留めていく場所、伝える場所。

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平和の海キャンプを終えて…

【学ぶ旅】 【平和の海】

=現在、ブログをリニューアル中につき、完成していないページ多々あります。=

2016年に書いたものを少しずつ整理しておこうと思う。

さて、ピースキャンプの感想文をみると、思い出すものがあります。そうです。他の参加者の感想文です。大切な言葉たちの翻訳を早くしっかりやらねばです。時が経てば立つ程、その時のアツさは消えていってしまうからこそ、自分で自分にやる気スイッチを入れなければです。

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「本当に開催できるのだろうか」と不安だったキャンプは、ドタバタの中あっという間に終わり、もう10月になった。去年、沖縄キャンプの最後に、次の開催地として台湾が選ばれてから、本当に皆がそれぞれ大変だったはずだ。私自身、「無理です」「難しいです」とあの時はっきり言えば良かったのではないかと何度も考えたし、途中で自分だけ放棄しようかとも考えた。それでも、なんとかキャンプは終わった。盛り沢山の日程、そして新しい出会いと嬉しい再会から、沢山の収穫を得た。その中でも、これからの「平和キャンプ」や「島々の連帯」につながるであろうことをいくつか書こうと思う。

 

翻訳・通訳—考えやことばをつなぐこと


今回のキャンプの中で私の主な役割は通訳や翻訳だった。私は、翻訳や通訳の役割は、国境や文化を越える過程の中でとても大きいものだと考えている。一つの言葉をもう一つの言葉につないでいくことは、考えや思いをつなぐことでもあると思うのだ。ただ発信者の放つ言葉をもう一つの言葉に訳せば良いという訳ではなく、受け手に届いてこそ成立するものだということを毎回つくづく感じる。この言葉の「つなぎ手」の役割を適当にしてしまったら、それは国境や文化を越えてつながることへ大きな影響をもたらすはずだ。だからこそ、通訳や翻訳を行う「つなぎ手」とつないでもらう「発信者」は、しっかりとコミュニケーションを取らなければいけないと強く感じた。いつもこのような集まりの時、他のことに手が一杯でほとんどの場合「つなぎ手」と「発信者」は事前に打ち合わせる時間が無い。だが、充分な打ち合わせが無い中では、スムーズにつなぐことは難しい。また正確さを重視するがうえにスムーズさを失う「つなぎ手」、スムーズさを重視するがうえに正確さを失う「つなぎ手」…という悪循環が生まれているように感じた。そして、それは「つなぎ手」だけの問題ではなく、「受け手」へも影響を及ぼしていた。
勿論「そのドタバタ感がいい」と考える人も居ると思う。確かに、そのドタバタな過程の中で生まれるものを味わうことも悪くは無い。だけれど、私は同じように相当な体力を消耗しながら言葉をつなぐのであれば、出来る限りきちんとつなぎたい。そして、出来る限り正確でスムーズに言葉をつないでいきたい。なぜならこれは私の個人的なプライドだけの問題ではなく、「連帯」そのものにつながることだからだ。今後、島の連帯を続けていくうえで、また同じように言葉や国境を越えてつながる場において、このことは常に意識しておく必要があるだろう。まず、「つなぎ手」と「発信者」間の充分な打ち合わせは勿論、参加者一人一人が、「翻訳・通訳」という言葉や考えをつなぐ存在の役割についてもう少しだけ考えることで、状況は変わってくるのではないかと思った。


島の連帯の「これから」について 

済州、沖縄、そして台湾と三つの場所での開催が終わり、来年は石垣島で開催しようという流れになっているようだ。多くの参加者が考えているように私も、今こそ平和の島連帯の「これから」について考えていく必要があると思っている。ここまでのつながりがつくられ始めているのだから、持続していくか否かの話しではなく、具体的にどのような形で持続していくか或は持続のためには何が必要かということだ。
それらを考えた時に、当然各島での継続的な学習会や集まりは欠けてはならないものだと思う。また、各島をつなぐ連絡窓口になる人の安定的な存在と定期的(一年に一度ではなくもっと短い期間で)に各島の状況を共有し合える「プラットホーム」も必要だろう。(直接会わなくてもインターネットを通した方法がきっと沢山あるはず。)一年に一度キャンプに参加する前や自分たちの住む島が開催地に選ばれたとき、思い出したように忙しく準備をしたり自分の周りのこと以外を思考をするのではなく、より日常的に各地の情報や考えを共有し合うことが大切なように思う。「平和」に関わる問題というのは、単に基地や軍事の問題だけでなく、各地域で大きな力や一部の人々の利益によって脅かされている人々の暮らしや命に関わる全ての問題だと私はこれまでの過程から感じている。だからこそ、私が必要だと考える「情報を共有するプラットフォーム」というものは、基地や軍事問題だけに限る必要はなく、むしろ様々なイシューが取り扱われる方がいいようにも思う。ただこれから先何をするにしても、学生や一般などの立場に関わらず、ボランティアやサークル的活動の範囲での運営に限界を感じる。もし多くの人が平和の島連帯の安定的な継続と発展を望んでいるのであれば、運営のあり方をもう一度考え直し模索する必要があると思う。


小さな縁を大切に、大きな縁をつくっていけるように


毎回のキャンプには、新しい出会いと嬉しい再会が溢れている。実は沖縄キャンプの後「台湾キャンプの時に新しい参加者がいなかったらどうしようか」と少し不安だった。なぜなら再会することは嬉しいことだが、毎回、同じ人ばかり参加して、一年に一度の親睦会のようになってしまうと本来の主旨や目的、意義から少しずつずれてしまう気がしたからだ。私自身これから先どのように関わっていくか分からないが、私を含めそれぞれが、継続的に今までの出会いを大切にしながらも、輪を広げていくことを意識していくことが大切だと強く思った。


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そんなこんなで準備から開催後までの過程から思いついたことを並べてみた。このキャンプを終えた後、私は新しい進路の準備のために一度台湾での生活を整理し京都で暮らし始めた。「頑張ってください」という言葉も「頑張りましょう」という言葉も実はあまり好きではない。だから、それらの言葉で今回のキャンプとこの文章をしめたくない。ただこの「島々の連帯」は意味のあるものだと思うから、休憩しながらも関わり方を模索し何らかの形で関わっていきたいと思う。また再び会えること、そして新しい出会いを心から楽しみにしている。

 

=現在、ブログをリニューアル中につき、完成していないページ多々あります。=